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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)9286号 判決

原告 奈良温泉観光株式会社

右代表者代表取締役 中谷賢治

右訴訟代理人弁護士 曽我乙彦

同 中澤洋央兒

被告 株式会社 大木総合企画

右代表者代表取締役 林龍文

右訴訟代理人弁護士 角谷哲夫

主文

一  被告は原告に対し、原告から五五九二万四二〇〇円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録記載の不動産につき、昭和六一年一一月二七日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、請求棄却・訴訟費用原告負担の判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告主張の請求原因)

一  原告は、昭和六一年一一月二七日、被告との間で、売主を被告、買主を原告とする次の内容の売買契約を締結し(以下、「本件売買契約」というのはこれを指す)、同日、被告に手付金四〇〇万円を支払った。

1 目的物件 被告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件物件」という。但し、本件売買契約締結時は未分筆の土地であった)

2 売買代金 概算七〇〇〇万円。最終の売買代金は、坪当たり一四万円とし、本件物件を分筆し、面積確定のうえ確定するものとする。

3 手付金 四〇〇万円

4 履行期日 昭和六二年一月末日

二  その後、右履行期日は、原被告間において、被告が本件物件の分筆登記手続を了し、本件物件の面積が確定した後と変更された。

三  そして、被告は、昭和六二年四月二四日、本件物件につき分筆登記手続を完了し、売買代金額も五九九二万四二〇〇円と確定した。

四  ところが、被告は、本件物件の南側に所在する被告所有の約二万三〇〇〇平方メートルの土地にゴルフ練習場建設のための開発許可申請をしていることから、右取引日の延期を申入れたので、原告はこれを了承し、昭和六二年一〇月二日、原被告の間で、右取引日を右の開発許可がなされたのちとするとの合意がなされたが、同年一一月に至り、被告は再度右取引日を被告の開発工事の竣工検査完了まで猶予するよう申入れ、原被告の間に奈良県が調整に入り、右取引日を被告の開発工事の竣工検査完了まで延期し、右検査完了と同時に取引をするとの合意が成立した。

五  しかして、被告の開発工事の竣工検査は終了した。

六  よって、原告は被告に対し、原告から残金五五九二万四二〇〇円の支払を受けるのと引換えに、本件物件につき、本件売買契約を原因とする所有権移転登記手続を求める。

七  なお、本件売買契約が締結されるに至った経緯は次のとおりである。

1 原告は奈良県三笠温泉郷において旅館「万葉ホテル」を営んでいたが、昭和五八年一二月失火により旅館を焼失したので、右跡地に旅館を再築しようとしたが、右跡地は古都保存法による春日山特別保存地区内にあったため、奈良県(以下、単に「県」というのはこれを指す)は原告に対し、代替地の取得及び開発許可について、県が全面的に協力するから、右跡地に再築せず、他の場所に移転するよう強く要請し、原告もやむなく県の要請を受け入れて、移転することを決めた。

2 そこで、原告は、県の指導に従い、移転に適当な県下の場所を検討し、昭和六一年初め頃、被告所有地内にある本件物件及びその周辺を事業用地とすべく、被告所有地のうち阪奈道路沿いの一五〇〇坪を譲受けるべく、県に対し被告との交渉を依頼した。

3 ところで、被告の所有地は、もと大祥開発株式会社が取得して、ゴルフ練習場とするための開発許可申請をしていたものであるが、同土地は、都市計画法上の市街化調整区域、環境保全地域に指定されていたため、開発許可がなされない状態が続いていたものであって、被告は右会社から同土地を譲受けたものの、その状況は変わらず、困窮していた。

4 そのような状況にあったときに、原告が県を通じて被告の所有地の一部買取を申し出たため、被告はこの機会を利用して県と原告に対し、

(一) 被告のゴルフ練習場の開発許可申請を県が許可すること

(二) 原告に譲渡する土地の代替地として被告所有地に隣接する大和土地株式会社所有の土地の取得に協力すること

(三) 原告は、被告が原告に譲渡する土地の一部を、原告と被告の共用道路敷地として提供すること

(四) その他、原告と被告は、相互に開発工事並びに開発許可申請について協力すること

等の条件を提示し、本件物件を原告に売渡すことを承諾した。

5 原告は、その後、被告の協力のもとで不動産業者に委託して建設予定地内の他の地主との買取交渉を開始し、昭和六一年一一月二七日、本件建設予定地のうち、奈良市三碓町二一五六番一について、その所有者の山上と、同町二一五八番一、二一六一番一、同番二の各土地について、その所有者の小中と、売買契約を締結するとともに本件物件について、被告と本件売買契約を締結したのである。

6 なお、原告は、建設予定地の残りの同町二一四六番一八、同番二二、同番二五、同番二六の各土地については、その所有者である大和土地株式会社との間で、昭和六二年四月に売買契約をし、他方、被告は、原告や県の協力を得て、原告に譲渡する本件物件の代替地として、大和土地株式会社との間で被告所有地に隣接する同会社所有地の買取を合意した。

八  また、履行期日が延期された事情は、次のとおりである。

1 原被告間の本件売買契約の当初の履行期日は、昭和六二年一月末日であったが、原告は、被告から、本件物件周辺がいわゆる公図混乱地域で、分筆手続に時間を要するとの理由で、履行期日の猶予の申入を受け、やむなくこれを了承した。

2 ところが、被告は本件物件の分筆登記手続を昭和六二年四月二四日に完了したにもかかわらず、これを秘していたので、それを知った原告が被告に対し履行を迫ったところ、被告は、原告に本件物件を譲渡したため開発計画の変更許可申請をしており、この許可があるまで、履行期日を猶予するよう申し出た。

3 そこで、昭和六二年八月頃、被告の開発変更申請について調査したところ、被告は、大和土地株式会社からの代替地だけでなく、原告に譲渡した本件物件の土地及び原告が山上から買受けた三碓町二一五六番一の土地の一部までをも被告の開発予定地に取り込んで開発の変更許可申請(事前申請)をしていることが判明し、原被告間で、紛争が生じたが、被告がその変更許可後原告に本件物件の所有権移転登記手続を行う旨確約したため、原告も了承し、被告との間で改めてその旨の覚書を取り交わして被告の変更許可申請に協力することを約した。

4 そして、原告は、その後被告に対し、被告の開発計画の変更許可申請に対する隣地の同意書等開発許可を得るのに必要な関係書類を交付し、また、原告の建設予定地を被告の開発工事による土砂や資材置場として提供するなどの協力をした。

5 ところが、被告は、その後変更許可がなされる同年一一月になって、更に履行期日を被告の開発工事の竣工検査完了まで猶予されたい旨申し入れて来たため、原告がそれに抵抗し、県が意見調整をした結果、原告の所有地や本件物件を開発地としている被告の変更申請を許可した後直ちに原告に本件物件の所有権移転登記手続をすると、被告の開発工事の竣工検査に支障が生じるので、履行期日を被告の開発工事の竣工検査完了まで延期し、被告は検査完了と同時に所有権移転登記手続をし、原告の開発申請については、本件物件の所有名義が被告のまま県が例外的に事前協議書を受付けて審査を開始するという最終合意がなされるに至ったのである。

(被告の答弁)

一  原告主張の請求原因一のうち、原告主張の日に原被告間において本件物件につき代金を一坪当り一四万円、手付金四〇〇万円とする売買契約を締結し、同日右手付金が被告に支払われたこと、本件物件は右売買契約締結当時未分筆の土地であり、本件物件の代金は本件物件について分筆し、面積確定のうえ確定するとの合意があったことは認めるが、その余は否認する。

右売買契約の履行期日は、当初から、被告が進めていたゴルフ練習場の開発工事の竣工検査終了後に、原被告間で協議して定める約束であった。即ち、

本件物件は被告がゴルフ練習場として県に開発許可申請をしていた土地の一部であったが、県から本件物件を原告に売渡してもらいたいとの懇請を受け、被告がこれに応じれば、県において被告が本件物件を原告に売渡すことによって生ずる不足用地を隣地から購入できるように協力し、それによる開発変更申請についても前向きに処理すると言われたため、原告に売却することとしたものである。県が被告に本件物件を原告に売渡すよう懇請したのは、原告が焼失した旅館跡地に旅館を再築せず他の土地に建てるよう行政指導をしていたことによるものであり、県としては、被告のゴルフ練習場の開発許可と原告の旅館の開発許可との双方をしなければならない立場に立たされていたので、原被告とも県の立場を考慮し県の指導に従うこととし、県の最終指導により、本件物件の所有権移転登記手続等の履行期日を被告のゴルフ練習場の竣工検査終了後に協議のうえ定めるということになったのである。

二  同二は否認する。

三  同三は認める。

四  同四は否認する。

五  同五は認める。竣工検査の終了時は昭和六三年一〇月一九日である。

六  同七1のうち、原告が営業していた旅館が焼失したこと、県が原告に焼跡地に旅館を再築せず他の土地に建てるよう行政指導したことは認めるが、その余は不知。同七2は不知。同七3のうち、被告所有地がもと大祥開発株式会社の所有地であり、同会社が同土地につきゴルフ練習場の開発許可申請をしていたことは認めるが、その余は否認する。同七4は否認する。同七5は認める。同七6のうち、被告が大和土地株式会社から土地を取得することにつき原告が協力したとの点は否認するが、その余は認める。

七  同八1は否認する。同八2のうち、本件物件の分筆登記手続が原告主張の日になされたことは認めるが、その余は否認する。同八3は否認する。もっとも、原告主張の覚書に被告が記名、捺印したことはあるが、その後、県から履行期日を竣工検査終了まで待つようにとの指導があり、原被告間で検査終了後改めて履行期日を協議して定めることになったのである。同八5は否認する。

(被告の抗弁)

被告は原告に対し、昭和六三年八月六日到達の書面により、原被告間の右売買契約を解除し、同月一〇日手付金の倍額の八〇〇万円を持参する旨通知し、同月一〇日原告代表取締役宅に右八〇〇万円を持参して提供した。

(被告の抗弁に対する原告の認否)

被告の抗弁のうち、被告がその主張の日に解除の意思表示をしたことは認めるが、その余は否認する。

(原告の再抗弁)

被告の解除の意思表示は、次の理由により、効力がない。

一  原告が契約時に被告に対し支払った四〇〇万円は、解約手付ではないので、被告に手付倍戻しによる解除権はない。

本件物件の売買契約は、原告にとっては事業用地の一部として必要不可欠な土地として、被告にとってはゴルフ練習場開発のためのものとして、なされたもので、本来解約されえないものとして契約されたものである。

その売買契約書に解約手付金の文言があるが、それはたまたま市販の売買契約書を用い、しかもその解約手付文言の抹消を失念したに過ぎない。

二  仮に、被告に手付倍戻しによる解約権があったとしても、それは消滅した。

1 本件売買契約締結後、その履行期日を請求原因八のとおり被告の都合で順次延期し、昭和六二年一〇月に被告は原告に対し、被告のゴルフ練習場の開発許可後に履行する旨合意したので、被告の手付倍戻しによる解除権は消滅した。

2 原告が履行に着手したので、解除権は消滅した。

原告は被告に対し、売買残代金を準備して、契約当初の履行期日である昭和六二年一月末日、その後の本件物件の分筆登記手続が完了した同年五月頃、更に同年一〇月頃、それぞれ履行の請求をし、また、被告に開発変更許可がなされた同年一二月頃に重ねて履行を請求し、その後、昭和六三年七月には、内容証明郵便により、被告に対し、履行日時、場所の具体的な指定を求めた。

よって、被告の手付倍戻による解除権は消滅した。

三  仮に、被告に手付倍戻しによる解除権があるとしても、その解除権行使は信義則に反し、許されない。

請求原因七及び八のとおり、原告は建設予定地として本件物件を含む周辺の土地につき各権利者と売買契約を締結し、昭和六二年四月末頃には、本件物件以外の建設予定地の所有権を取得し、本件物件について、原告は被告に対し、残代金の準備をしてその履行を求めたのに、被告の都合で、履行期日が数度に亘り順延させられ、しかも、その間、被告は原告に対し、本件売買契約の履行を確約した。

被告は、事業目的であるゴルフ練習場開設について隣接所有者である原告に対し、種々の協力をさせ、その結果自己の事業目的を達成するや、原告の事業目的にとって必要不可欠な本件物件について、これまでの履行約束を反古にするため手付倍戻による解除権を行使することは著しく信義則に反し、許されないと解すべきである。

(原告の再抗弁に対する被告の認否)

一  原告主張の再抗弁一は否認する。

二  同二1及び2は否認する。

三  同三は否認する。被告が手付倍戻しによる解除権を行使したのは、原告が本件物件等を利用して旅館業を営むと言っていながら、被告がゴルフ練習場内で営業するレストランと競業するレストラン等を経営する計画を立て、被告と対立したからである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、昭和六一年一一月二七日原被告間において原告主張の請求原因一のとおりの内容の本件売買契約が締結され、同日原告から被告に手付金四〇〇万円が支払われたこと、昭和六二年四月二四日本件物件の分筆登記手続がなされ、本件売買契約の代金額が五九九二万四二〇〇円と確定したこと、被告から原告に対し昭和六三年八月六日到達の書面をもって手付倍戻しによる解除の意思表示と原告の本店が現実には存在しないので同月一〇日午後一時頃原告代表取締役中谷賢治宅に八〇〇万円を持参する旨の通知がなされ、右指定した日時及び場所に被告は八〇〇万円を持参して提供したことが認められる。

ところで、右手付は売買契約の手付であるから、解約手付と推定されるところ、原告はそれを解約手付ではないと主張し、原告代表者もその本人尋問において本件売買契約締結にあたり原被告間において明確な了解はなかったものの事の発端から当然に解約手付の趣旨でないことは被告も了解していた旨供述しているが、右供述はにわかに措信し難く、他に本件手付が解約手付でないことを認めるに足りる証拠はないから、原告の本件手付が解約手付でないとの主張は採用できない。

二  そこで、被告主張の契約解除の効力について判断する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》即ち、

1  原告は奈良県三笠温泉郷において旅館「万葉ホテル」を営んでいたが、昭和五八年一二月失火により旅館を焼失し、その跡地に旅館を再築する計画をしていたところ、同跡地は古都保存法による春日山特別保存地区内にあったため、県から代替地の取得及び開発許可について県が全面的に協力するので右跡地に再築をせず、他の場所に移転するよう要請され、その移転先を探した末、本件物件を含む被告所有地一五〇〇坪の購入方を県を通じてその所有者である被告に申し入れた。しかし、被告も同地域をゴルフ練習場用地として開発する計画をしていたため、原告は、被告から本件物件の部分を買受け、その隣接地を県及び被告の協力を得て隣地所有者から買受けることとし、昭和六一年一一月二七日被告と本件売買契約を締結し、翌昭和六二年四月までには予定の隣地合計七四五・八三坪全部につき売買契約を済ませ、後は被告から本件売買契約の履行を受け、旅館業のための開発許可を受けるだけの段階まで準備が進んだこと。

2  被告は、分筆前の本件物件を含む奈良市三碓町二一四五番一及び同番二の山林等をゴルフ練習場に開発する計画をもってその開発許可申請をしていた大祥開発株式会社から同土地を買受け、ゴルフ練習場の開発計画を引き続き進めていたものであるが、県から被告所有地の一部を原告に売渡してくれるならば、ゴルフ練習場の開発許可手続を早期に処理し、かつ、原告に売渡すことによって生ずる不足土地については県が協力して隣地所有者から取得できるように取り計らうとの申し入れを受け、それに応じることにより開発許可が早期に得られる利益があることから応じることとし、被告の開発事業との関係で原告に売却する範囲を本件物件に限定したうえで、昭和六一年一一月二七日原告と本件売買契約を締結した。そして、被告は、本件物件を原告に売却することによって生ずる不足用地の代替地につき県の協力を得て大和土地株式会社から隣地の取得をし、大祥開発株式会社が提出していた開発許可申請について同年一二月一日県知事の許可を得、翌昭和六二年一月二九日被告において右開発許可についての地位承継承認申請等の手続をとり、更に同年一一月一八日開発変更許可を得て開発工事を行い、昭和六三年九月二六日工事完了検査済証の交付を受けたこと

3  原被告は、本件売買契約を締結するにあたり、双方が進める開発事業について互に協力することを約していたものであり、それに基づき、原告は被告のゴルフ練習場の隣地所有者として被告のゴルフ練習場開発計画に異議がなく、同開発事業の施行に同意する旨の同意書を昭和六二年一一月二日に、また、ゴルフ練習場の防球ネットの高さについての合意と打球飛出し等による事故等について原被告双方において解決にあたり、県には一切迷惑をかけない旨の誓約書を昭和六三年三月二二日に、それぞれ提出し、被告のゴルフ練習場の開発許可申請及び開発工事の施工に協力して来たこと

4  本件売買契約の履行期日は、ゴルフ練習場の開発許可予定日及び被告の本件物件の分筆登記手続に要する日数等を考慮して昭和六二年一月末日と定められたが、被告の本件物件の分筆登記手続の作業が遅れたこと、被告の前記開発許可に関する地位承継承認手続が遅れたこと等から当初の履行期日までに履行することができず、昭和六二年四月二四日本件物件の分筆登記手続が完了し、代金額が確定したものの、被告の開発計画変更等から履行期日が定まらず、ようやく同年一〇月二日、被告が原告に対し被告が申請している開発変更についての許可がなされた後に本件物件の所有権移転登記手続を履行することを確約するに至って履行期日の協議が纒り、その旨の甲第三号証の覚書が原被告間に取り交わされたこと

5  右開発変更の許可は同年一一月一八日になされたが、その直前に至り、右開発変更計画の開発予定地内に共用道路付設のため本件物件の一部が含まれていることから、許可後直ちに本件物件の所有権移転登記手続をすると、開発工事の竣工検査に支障が生じるため、県の指導により、原告は履行期日を竣工検査完了後まで延期することに合意したこと

6  しかし、原告は、本件物件の所有権移転登記を受けられないため、原告自身の事業計画に大幅の遅れが生じていることから、県の指導に従い右履行期日を延期することに合意するかわりに、県に、本件物件の所有名義が被告のままで原告の開発許可申請の事前協議を受付けて審査してもらう約束を取り付け、早期営業開始をめざし、同年一二月一四日、旅館営業の一部門としてのレストラン経営のための開発許可申請の事前協議書を県に提出し、受付けてもらったこと

7  そして、原告は、被告の開発工事の竣工が間近くなった昭和六三年七月二七日、被告に書面で、履行期日の具体的指定日を定めるよう求めたところ、被告から本件手付倍戻しによる解除がなされたこと

8  右解除の実質的理由は、原告が旅館業を営業するといいながら、被告がゴルフ練習場内において営業するレストラン営業と競業するレストラン経営をするという点にあること

9  原告は、履行期日の延期により現に少なからざる損失を受けており、更に本件売買契約が手付倍戻しにより解除されると、多大な損失を被ることになるが、被告は開発工事を完了し、昭和六三年九月二六日には工事完了検査済証の交付を受け、ゴルフ練習場の営業を支障なく行なうことができるに至っていること

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、本件売買契約の履行期日が延期されるに至ったのは被告側の事情によるものであり、被告はゴルフ場開発事業に原告の協力を得て完了し、支障なく営業活動ができる利益を獲得したのに、原告は本件売買契約の履行がなされないことになると営業活動上の拠点を失い、計画の全面変更を余儀なくされ、経営上極めて重大な支障を来たし、多大な損失を被ることになり、また、旅館営業に食堂経営は付随業務として通常なされるものであって、原告がレストラン経営をとりあえず行うことにしたからといって、被告との競業を意図的にしたものではないし、本来レストラン経営が競業したからといって、それは本来客に対するサーヴィスの内容の優劣によって競うべき性質のものであるから、被告の契約解除の実質的理由というのもそれ程考慮に値いするものでもないので、被告の右手付倍戻しによる解除権の行使は権利の濫用であり、許されないというべきである。

三  しかるところ、原被告間において本件売買契約の履行期日を被告のゴルフ練習場開発工事の竣工検査完了後とする合意が成立していたことは前示のとおりであり、右工事の完了検査済証が昭和六三年九月二六日に被告に交付されていることも前示のとおりであるから、原告の被告に対する残代金の支払と引換えに本件物件についての所有権移転登記手続を求める本訴請求は理由がある。

四  よって、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 海保寛)

〈以下省略〉

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